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人生の変わり目~PART1~(留年)

まずは、僕の書いているこのブログに興味を持ってくれて本当にありがとうございます!

毎日更新するので毎回読んでもらえるように僕も面白いブログにしたいと思います。

それでは、毎日投稿第1回は僕の中では1番大きな出来事だった、留年について書いていきます。

今でも鮮明に覚えています。

2019年3/23のアルバイト中に大学からメールが来て、

「単位足りてないので、ゼミに所属できません。来年必要な単位を取って履修して下さい。」

ん?

ゼミは2年間必須。

で、その時はもう新3年生で来年から2年、、、

卒業するとき5年生、、、え?

てな感じで留年しました。

こんな軽い感じで書いていますが、支援室に問い合わせて、もう手遅れって知った日から誰にも相談できずに丸2日間ごはん食べられませんでした。(笑)

「終わったわ。すべて失った。どうしよう。」

ここで親や大学の先生や友達に励ましてもらい、まあ立ち直ったわけなんですが、、、

今になって思ったことがあって

留年で失ったものって何だろ。

別に知識をリセットされるわけでもなく、1年増えたけど単位取れれば大学卒業できるし、失ったものって何もなかったんです

(親不孝ってレッテルがむしろ増えました。)

ここで自分が超世間体を気にしているということに気付きました。

世間からの評価が下がったと勝手に自分で思ったから、留年がとてつもないダメージになったんだと思います。

これが留年がきっかけで気付くことができた、1番大事なことだろうと思っています。

周りからの評価を1番気にしていた

自分でいうのもどうかと思いますが、僕はとってもいい子でした。

小学校の成績表は毎学期「思いやり」◎になるくらい。

でも実はこれ本当の思いやりだったのかなって今ではちょっと疑問です。

周りがどう思うのかを気にして、周りに褒められるために努力して、周りの人には嫌われないように波風立てずに会話して、、、

これ、、、思いやり、、、?

そして体は大きくなって今に至るわけですが、考え方の根本は変わっていないと思います。

その1番気にしていた周りからの評価が、留年によって評価が下がったことで自分の人生終わったと思ったんですが、、、

よくよく考えてみると

自分は誰のためにこんなに気を使って評価上げを必死に頑張ってんだろ

さっきも書きましたが留年で僕自身失ったものはないと思います。

勝手に自分で考えすぎていたのだと思います。

いかに今まで自分にはどうすることもできない、他者の評価の中で生きてきたのか気付きました。

他者のことは自分にはわからない

すごく大事だと思ったことがあります。

自分の考えでさえしょっちゅう変わるのに、他人がどう考えるかまで考えるのは無理。

シンプルに、他者のことなんて分からないと割り切っていいと思います

僕の留年の例でいうと

留年で周りがどう思うかは、僕にはどうしようもないので考えても答えなんて出ません。

自分は自分しか変えられない。

だから僕はできることを増やすために、YouTubeの有料ソフトで動画編集をしてみたり、ブログを始めてみたり、オンライン英会話を始めてみたりしました。

そこにはあったのは、周りの評価を上げるということではなく、できることが増えれば将来できる仕事の選択肢も増えるだろうというワクワクです。

できることを増やして自分の価値を高めていこうとしました。

(まあ動画編集と英会話はワクワクしなくなったのでやめちゃいました。)

まとめ

世の中結構シンプルなのに、複雑で難しいものにしていたのは自分自身だったんじゃないかなと思いました。

成功って何だろうとか

幸せって何だろうとか

全て自分のやりたいことをそのままできることなんじゃないかなって思います。

そこにお金とか人からの評価とか絡めちゃうからよくわからなくなると思うんです。

もう一度自分のことを考えてみて、そこにもやもやするものがあったら、ぜひもう少しシンプルに考えてみて下さい。

これは自分がやりたいことなのか?

いやどの口が言ってんねんって感じですが、僕も意識してやろうと思っている真っ最中です。

成功もしたいし、幸せになりたいし。

僕自身このように考えられるようになって、学びたいと思うようになりました。

やりたいことなので別に強要されなくても、勝手に色々知りたくて行動するようになりました。

考え方を変えるのって大変ですが、シンプルにいきましょう。

今僕何となく生きやすくなってる気がしてますし。

てことで今日はここまで。

今日も読んでくれてありがとうございました。

またあした!

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